ゆっくり見えて強いボール

 上級者が格下のプレーヤーに「ゆっくり振っているように見えるけど、ボールは速いですから注意してください。」とアドバイスするのを見たことがある。また、ほとんどラケットを動かしていないように見えるが鋭く強いボレーを打つ上級者もいる。中級者クラスでは、決め球を打とうとして力んだり、ラケットを速く振る割にボールに思ったほど勢いを出せないプレイヤーが多い。この違いについて考察する。

 加える力と時間をかけると「力積」というベクトル量が求められる。この値が大きいほどボールに伝わるエネルギーが大きい。このエネルギーはボールの速度やバウンド後の伸びなどに変換される。力積とボールの強さは、概ね比例すると考えられる。インパクトでは短時間に大きな力を加えるより、小さくても長い時間力を加え続ける方が大きな力積となることはある。「ボールを押す」という表現がある。「球離れが早い(押しのない)」インパクトでは、ボールの勢いや伸びがない打球になるが「球離れが遅い(ボールを押す)」インパクトでは強い打球が得られる。

 ボールとラケットの接地時間を長くして力積の値を大きくするには、いくつかの方法がある。

1 ストリングのテンションを下げる

2 ラケットパワーの高いフレームを使う

3 ボールを潰す

4 初速を遅くし加速しながらインパクトする

5 ラケット面上でボールを移動させる(スピンをかける)

 これらの要素は、背反しないので、高い次元で共存的に成立させることが可能だ。


【運動連鎖】

 インパクトでボールを押し続けるには「当たり負けしない」ことが必要だ。インパクトの衝撃で、ラケット面にはマイナスベクトルの力が働く。(ラケットスピードを減速する力)

 野球のボールを軽いバットと重いバットで打ち比べると、軽いバットはマイナスベクトルによってスイングスピードが減速し当たり負けするので、ボールが飛びにくい。また、芯を外すと、バットが変形するなど、エネルギーロスが発生する。これらは、球技に共通する現象だ。

 エネルギーロスを最小限に抑えて、ボールを押し続けることができれば、当たり負けしない強い打球を打つことができる。テニスでは、重たいラケットを速くスイングするほど、力積が増大するが、そのプレーを維持できる体力や筋力が必要だ。それらが不足すると、スイートスポットを外すなど、当たり負けによるパワーロスが頻発する。

 フェデラーはラケットの中心を僅かに外す(ストリング2本分)ことで、球速をコントロールしてスピンを増やしている。一般のプレーヤがこれを真似るのはほとんど不可能だ。まずはパワーロスを抑えたスイングを身につけることで彼の境地に近づく可能性はあるが。


 次に、身体的パワーの弱いプレーヤーが、当たり負けしないスイングを実現する可能性について考察する。


 伊達公子はライジングで強いカウンターショットを打つ名手だ。彼女は体格とパワーで外国人選手に劣るが、コンパクトなスイングで当たり負けしないインパクトによって、パワーを圧倒する攻撃力を武器に活躍した。これを可能にしたのは、コンパクトなテイクバックだ。ユニットターンというよりは、構えから低く最短距離にして最小時間でテイクバックする。そして、打球点の延長上に正確にラケットをセットしている。この時に肘が曲がるのが特徴だ。肘からテイクバックすることで、ラケットの動きは小さくなる。男子の多くはテイクバックでラケットを立てるが、伊達のテイクバックはスピード重視の完成形といえる。

 もう一つの特徴は、インパクトで肘を曲げて後ろからラケットを支えることだ。打点が体に近いほど大きな腕力はいらない。また、後ろから上腕でラケットを支えることで、当たり負けを防いでいる。テイクバックからインパクトにかけて肘は曲がったままなのはスピードに対応できる伊達公子のスイングの特徴だ。

 

 コンパクトで当たり負けしない肘を曲げたインパクトは、それほど腕力を必要とせず、素速いカウンターを打つことができる。しかし、自分からパワーを発揮するには不利である。

 フェデラーのフォアハンドはストレートアームで、フォワードスイングの初期に腕が伸び、インパクトでは、腕全体でライケットを後ろから支える形になっている。腕を伸ばすことで、遠心力が大きく使えるので、自分からボールにパワーを発生することができる。

 フェデラーは比較的グリップが薄いのが特徴だ。そのため、インパクトで当たり負けしないために腕を伸ばし、打点を前にして腕全体でラケットを支えている。この時、グリップが薄いため、手首が大きく背屈している。錦織のインパクトと比較すると分かりやすい。

 フェデラーはラケットのローテーションを積極的に使う。伊達がほとんど使わないのと対照的だ。恐らく多くのアマチュアにとって、参考にすべきなのは伊達のスイングだろう。

 フェデラーが長い間全盛期を維持できたのは、他のプレーヤーが真似できない技術を駆使していたからだ。振らなくても強いボールを打つには、それに最適化したスイングを身につける必要がある。


【合気道と運動連鎖】

 合気道の達人、塩田剛三は、160cmほどの身長で体重は40kg台だったと伝えられている。彼は様々な表現で極意を残しているが「中心力」は運動連鎖の物理法則に適っている。彼の強靭な脚力から発生したパワーは、体幹を伝わり、ダイレクトに相手に伝わる。彼は見かけ上ほとんど動かず、相手が動かされ、投げ飛ばされる。運動連鎖を最も効果的に活用するには、力を伝える経路ができるだけ直線的に整っていなければならない。骨の構造を理解し、関節をコントロールすることでこれを実現している。

 もし姿勢が悪く、骨の経路が歪めば、パワーロスが大きく技がかからない。倒れそうな重い石でも、細い棒を上手く使えば支えることができる。細いヒモで重い石を押すことはできないが、引いて移動させることができる。これらの物理現象を組み合わせ、人の骨格などの構造と融合した技が合気道を成立させている。

 これらの運動連鎖はテニスに応用できる。ボレーの下手なプレーヤーは、ラケットでボールを押そうとする。よほど厚いグリップでなければ、後ろからラケットを押してもスピードもパワーも発生しない。(重い石をヒモで押すのと同じ原理)体を軽く横向きにして(ボールに対してラケットは引かれた形になる)体の中心にグリップを引くと、ラケットヘッドが打球方向に運動する。このことができないと、やたらラケットを振り回すことでパワーを出そうとするので、確率が悪く、ミスになりやすい。

 特に初心者は、引いてパワーを発生する感覚が掴めず、ラケットを振り回したり、押し出してしまう。

 ストロークでは足の裏にパワーを感じて運動連鎖を意識すれば、それまでと違う感覚が得られる。

 これらに振らずに強いボールを打つ秘訣がある。

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